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    らないんだよ」

    「私ただ知りたいのよ」と緑は言った。「それに彼にこんなこと訊いたらすごく怒るのよ。女はそんなのいちいち訊くもんじゃないだって」

    「まあまともな考えだね」

    「でも知りたいのよ、私。これは純粋な好奇心なのよ。ねえ、マスターべーションするとき特定の女の子のこと考えるの」

    「考えるよ。少くとも僕はね。他人のことまではよくわからないけれど」と僕はあきらめて答えた。

    「ワタナベ君は私のこと考えてやったことある正直に答えてよ、怒らないから」

    「やったことないよ、正直な話」と僕は正直に答えた。

    「どうして私が魅力的じゃないから」

    「違うよ。君は魅力的だし、可愛いし、挑発的な格好がよく似合うよ」

    「じゃあどうして私のこと考えないの」

    「まず第一に僕は君のことを友だちだと思ってるから、そういうことにまきこみたくないんだよ。そういう性的な幻想にね。第二に――」

    「他に想い浮かべるべき人がいるから」

    「まあそういうことだよね」と僕は言った。

    「あなたってそういうことでも礼儀正しのね」と緑は言った。「私、あなたのそういうところ好きよ。でもね、一回くらいちょっと私を出演させてくれないその性的な幻想だか妄想だかに。私そういうのに出てみたいのよ。これ友だちだから頼むのよ。だってこんなこと他の人に頼めないじゃない。今夜マスターベーションするときちょっと私のこと考えてね、なんて誰にでも言えることじゃないじゃない。あなたをお友だちだと思えばこそ頼むのよ。そしてどんなだったかあとで教えてほしいの。どんなことしただとか」

    僕はため息をついた。

    「でも入れちゃ駄目よ。私たちお友だちなんだから。ね入れなければあとは何してもいいわよ、何考えても」

    「どうかな。そういう制約のあるやつってあまりやったことないからねえ」と僕は言った。

    「考えておいてくれる」

    「考えておくよ」

    「あのねワタナベ君。私のことを**とか欲求不満だとか挑発的だとかいう風には思わないでね。私ただそういうことにすごく興味があって、すごく知りたいだけなの。ずっと女子校で女の子だけの中で育ってきたでしょ男の人が何を考えて、その体のしくみがどうなってるのかって、そういうことをすごく知りたいのよ。それも婦人雑誌のとじこみとかそういうんじゃなくて、いわばケーススタディーとして」

    「ケーススタディー」と僕は絶望的につぶやいた。

    「でも私がいろんなことを知りたがったりやりたがったりすると、彼不機嫌になったり怒ったりするの。**だって言って。私の頭が変だって言うのよ。フェラチオだってなかなかさせてくれないの。私あれすごく研究してみたいのに」

    「ふむ」と僕は言った。

    「あなたフェラチオされるの嫌」

    「嫌じゃないよ、べつに」

    「どちらかというと好き」

    「どちらかというと好きだよ」と僕は言った。「でもその話また今度にしない今日はとても気持の良い日曜の朝だし、マスターベーションとフェラチオの話をしてつぶしたくないんだ。もっと違う話をしようよ。君の彼はうちの大学の人」

    「ううん、よその大学よ、もちろん。私たち高校のときのクラブ活動で知りあったの。私は女子校で、彼は男子校で、ほらよくあるでしょう合同コンサートとか、そういうの。恋人っていう関係になったのは高校出ちゃったあとだけれど。ねえ、ワタナベ君」

    「うん」

    「本当に一回でいいから私のことを考えてよね」

    「試してみるよ、今度」と僕はあきらめて言った。

    我々は駅から電車に乗ってお茶の水まで行った。僕は朝食を食べていなかったので新宿駅で乗りかえるときに駅のスタンドで薄いサンドイッチを買って食べ、新聞のインクを煮たような味のするコーヒーを飲んだ。日曜の朝の電車はこれからどこかに出かけようとする家族連れやカップルでいっぱいだった。揃いのユニフォームを着た男の子の一群がバットを下げて車内をばたばたと走りまわっていた。電車の中には短いスカートをはいた女の子が何人もいたけれど、緑くらい短いスカートをはいたのは一人もいなかった。緑はときどききゅっきゅっとスカートの裾をひっばって下ろした。何人かの男はじろじろと彼女の太腿を眺めたのでどうも落ちつかなかったが、彼女の方はそういうのはたいして気にならないようだった。

    「ねえ、私が今いちばんやりたいことわかる」と市ヶ谷あたりで緑が小声で言った。

    「見当もつかない」と僕は言った。「でもお願いだから、電車の中ではその話しないでくれよ。他の人に聞こえるとまずいから」

    「残念ね。けっこうすごいやつなのに、今回のは」と緑はいかにも残念そうに言った。

    「ところでお茶の水に何があるの」

    「まあついてらっしゃいよ、そうすればわかるから」

    日曜日のお茶の水は模擬テストだか予備校の講習だかに行く中学生や高校生でいっばいだった。緑は左手でショルダーバッグのストラップを握り、右手で僕の手をとって、そんな学生たちの人ごみの中をするすると抜けていった。

    「ねえワタナベ君、英語の仮定法現在と仮定法過去の違いをきちんと説明できる」と突然僕に質問した。

    「できると思うよ」と僕は言った。

    「ちょっと訊きたいんだけれど、そういうのが日常生活の中で何かの役に立ってる」

    「日常生活の中で役に立つということはあまりないね」と僕は言った。「でも具体的に何かの役に立つというよりは、そういうのは物事をより系統的に捉えるための訓練になるんだと僕は思ってるけれど」

    緑はしばらくそれについて真剣な顔つきで考えこんでいた。「あなたって偉いのね」と彼女は言った。「私これまでそんなこと思いつきもしなかったわ。仮定法だの微分だの化学記号だの、そんなもの何の役にも立つもんですかとしか考えなかったわ。だからずっと無視してやってきたの、そういうややっこしいの。私の生き方は間違っていたのかしら」

    「無視してやってきた」

    「ええそうよ。そういうの、ないものとしてやってきたの。私、サイン、コサインだって全然わっかてないのよ」

    「それでまあよく高校を出て大学に入れたもんだよね」と僕はあきれて言った。

    「あなた馬鹿ねえ」と緑は言った。「知らないの勘さえ良きゃ何も知らなくても大学の試験なんて受かっちゃうのよ。私すごく勘がいいのよ。次の三つの中から正しいものを選べなんてパッとわかっちゃうもの」

    「僕は君ほど勘が良くないから、ある程度系統的なものの考え方を身につける必要があるんだ。鴉が木のほらにガラスを貯めるみたいに」

    「そういうのが何か役に立つのかしら」

    「どうかな」と僕は言った。「まあある種のことはやりやすくなるだろね」

    「たとえばどんなことが」

    「形而上的思考、数ヵ国語の習得、たとえばね」

    「それが何かの役に立つのかしら」

    「それはその人次第だね。役に立つ人もいるし、立たない人もいる。でもそういうのはあくまで訓練なんであって役に立つ立たないはその次の問題なんだよ。最初にも言ったように」

    「ふうん」と緑は感心したように言って、僕の手を引いて坂道を下りつづけた。「ワタナベク君って人にもの説明するのがとても上手なのね」

    「そうかな」

    「そうよ。だってこれまでいろんな人に英語の仮定法は何の役に立つのって質問したけれど、誰もそんな風にきちんと説明してくれなかったわ。英語の先生でさえよ。みんな私がそういう質問すると混乱するか、怒るか、馬鹿にするか、そのどれかだったわ。誰もちゃんと教えてくれなかったの。そのときにあなたみたいな人がいてきちと説明してくれたら、私だって仮定法に興味持てたかもしれないのに」

    「ふむ」と僕は言った。

    「あなた資本論って読んだことある」と緑が訊いた。

    「あるよ。もちろん全部は読んでないけど。他の大抵の人と同じように」

    「理解できた」

    「理解できるところもあったし、できないところもあった。資本論を正確に読むにはそうするための思考システムの習得が必要なんだよ。もちろん総体としてのマルクシズムはだいたいは理解できていると思うけれど」

    「その手の本をあまり読んだことのない大学の新入生が資本論読んですっと理解できると思う」

    「まず無理じゃないかな、そりゃ」と僕は言った。

    「あのね、私、大学に入ったときフォークの関係のクラブに入ったの。唄を唄いたかったから。それがひどいインチキな奴らの揃ってるところでね、今思いだしてもゾッとするわよ。そこに入るとね、まずマルクスを読ませられるの。何ベージから何ベージまで読んでこいってね。フォークソングと社会とラディカルにかかわりあわねばならぬものであってなんて演説があってね。で、まあ仕方ないから私一生懸命マルクス読んだわよ、家に帰って。でも何がなんだか全然わかんないの、仮定法以上に。三ページで放りだしちゃたわ。それで次の週のミーティングで、読んだけど何もわかりませんでした、ハイって言ったの。そしたらそれ以来馬鹿扱いよ。問題意識がないのだの、社会性に欠けるだのね。冗談じゃないわよ。私ただ文章が理解できなかったって言っただけなのに。そんなのひどいと思わない」

    「ふむ」と僕は言った。

    「ディスカッションってのがまたひどくってね。みんなわかったような顔してむずかしい言葉使ってるのよ。それで私わかんないからそのたびに質問したの。その帝国主義的搾取って何のことですか東インド会社と何か関係あるんですかとか、産学協同体粉砕って大学を出て会社に就職しちゃいけないってことですかとかね。でも誰も説明してくれなかったわ。それどころか真剣に怒るの。そういうのって信じられる」

    「信じられる」

    「そんなことわからないでどうするんだよ、何考えて生きてるんだお前これでおしまいよ。そんなのないわよ。そりゃ私そんない頭良くないわよ。庶民よ。でも世の中を支えてるのは庶民だし、搾取されてるのは庶民じゃない。庶民にわからない言葉ふりまわして何が革命よ、何が社会変革よ私だってね、世の中良くしたいと思うわよ。もし誰かが本当に搾取されているのならそれやめさせなくちゃいけないと思うわよ。だからこの質問するわけじゃない。そうでしょ」

    「そうだね」

    「そのとき思ったわ、私。こいつらみんなインチキだって。適当に偉そうな言葉ふりまわしていい気分になって、新入生の女の子を感心させて、スカートの中に手をつっこむことしか考えてないのよ、あの人たち。そして四年生になったら髪の毛短くして三菱商事だのtbsだのibの富士銀行だのにさっさと就職して、マルクスなんて読んだこともないかわいい奥さんもらって子供にいやみったらしい凝った名前つけるのよ。何が産学協同体粉砕よ。おかしくって涙が出てくるわよ。他の新入生だってひどいわよ。みんな何もわかってないのにわかったような顔してへらへらしてるんだもの。そしてあとで私に言うのよ。あなた馬鹿ねえ、わかんなくだってハイハイそうですねって言ってりゃいいのよって。ねえ、もっと頭に来たことあるんだけど聞いてくれる」

    「聞くよ」

    「ある日私たち夜中の政治集会に出ることになって、女の子たちはみんな一人二十個ずつの夜食用のおにぎり作って持ってくることって言われたの。冗談じゃないわよ、そんな完全な性差別じゃない。でもまあいつも波風立てるのもどうかと思うから私何にも言わずにちゃんとおにぎり二十個作っていったわよ。梅干しいれて海苔まいて。そうしたらあとでなんて言われたと思う小林のおにぎりは中に梅干ししか入ってなかった、おかずもついてなかったって言うのよ。他の女の子のは中に鮭やタラコが入っていたし、玉子焼なんかがついてたりしたんですって。もうアホらしくて声も出なかったわね。革命云々を論じている連中がなんで夜食のおにぎりのことくらいで騒ぎまわらなくちゃならないのよ、いちいち。海苔がまいてあって中に梅干しが入ってりゃ上等じゃないの。インドの子供のこと考えてごらんなさいよ」

    僕は笑った。「それでそのクラブはどうしたの」

    「六月にやめたわよ、あんまり頭にきたんで」と緑は言った。「でもこの大学の連中は殆んどインチキよ。みんな自分が何かをわかってないことを人に知られるのが怖くってしようがなくてビクビクした暮らしてるのよ。それでみんな同じような本を読んで、みんな同じような言葉ふりまわして、ジョンコルトレーン聴いたりパゾリーニの映画見たりして感動してるのよ。そういうのが革命なの」

    「さあどうかな。僕は実際に革命を目にしたわけじゃないからなんとも言えないよね」

    「こういうのが革命なら、私革命なんていらないわ。私きっとおにぎりに梅干ししか入れなかったっていう理由で銃殺されちゃうもの。あなただってきっと銃殺されちゃうわよ。仮定法をきちんと理解してるというような理由で」

    「ありうる」と僕は言った。

    「ねえ、私にはわかっているのよ。私は庶民だから。革命が起きようが起きまいが、庶民というのはロクでもないところでぼちぼちと生きていくしかないんだっていうことが。革命が何よそんなの役所の名前が変わるだけじゃない。でもあの人たちにはそういうのが何もわかってないのよ。あの下らない言葉ふりまわしてる人たちには。あなた税務署員って見たことある」

    「ないな」

    「私、何度も見たわよ。家の中にずかずか入ってきて威張るの。何、この帳簿おたくいい加減な商売やってるねえ。これ本当に経費なの領収書見せなさいよ、領収書、なんてね。私たち隅の方にこそっといて、ごはんどきになると特上のお寿司の出前とるの。でもね、うちのお父さんは税金ごまかしたことなんて一度もないのよ。本当よ。あの人そういう人なのよ、昔気質で。それなのに税務署員ってねちねちねちねち文句つけるのよね。収入がちょっと少なすぎるんじゃないの、これって。冗談じゃないわよ。収入が少ないのはもうかってないからでしょうが。そういうの聞いてると私悔しくってね。もっとお金持ちのところ行ってそういうのやんなさいよってどなりつけたくなってくるのよ。ねえ、もし革命が起ったら税務署員の態度って変ると思う」

    「きわめて疑わしいね」

    「じゃあ私、革命なんて信じないわ。私は愛情しか信じないわ」

    「ピース」と僕は言った。

    「ピース」と緑も言った。

    「我々は何処に向かっているんだろう、ところで」と僕は訊いてみた。

    「病院よ。お父さんが入院していて、今日いちにち私がつきそってなくちゃいけないの。私の番なの」

    「お父さん」と僕はびっくりして言った。「お父さんはウルグァイに行っちゃったんじゃなかったの」

    「嘘よ、そんなの」と緑はけ

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